ブログ版 空冷Zとの戦い

Kawasaki Z1Rに関するブログ?

Archives オーストラリア滞在記(1996-1997) 2

始めましょう、ホームスタイ(笑)

キングスクロスというシドニーのドヤ街で3日ほど暮らしたオレは、次への行動に移った。本当ならさっさとバイクを買って、旅に出たかったのだが、全部回るのに1年という時間は多すぎる。

あちこち転々としながら農場で働いたりするのもよかったが、どうせなら旅行じゃ味わえない『海外生活』とやらを味わってみようと考えたのだ。そこで、まずは『語学学校』へ入ってみることにした。

入学と同時にホームステイ。それなりに金はかかるが、外国初心者が海外に慣れるのには一番手っ取り早い方法と思ったのだ。
だが、語学学校はというと、1ヶ月や2ヶ月英語を勉強したところで、ほとんど役に立たないだろうと踏んでいた。
そりゃそうだ。日本語で英語を教えてくれる某駅前留学なら上達もするだろうが、英語で英語を教えるのが語学学校。ヘタすりゃ、何も分からず、時間を浪費しかねない。

じゃあ何で入学したのかといえば、語学学校には半年、1年くらい通っている奴がいる。いわゆる、留学生という連中だ。
そういう長期滞在者は、ガイドブックには載ってないようなレアな情報を持っていると思ったのだ。

それに、少なくともオレなんかよりは英語を知っているだろうから、生活するための最低限の言葉くらいは教えてもらえるだろうという期待もあった。

で、話は戻ってホームステイ。
オレが世話になる家は、シドニーの街中からちょこっと離れたBONDI(ボンダイ)というトコロにあるアパート。すぐそばにビーチがあって、最高のロケーションだ。気分は『ビバリーヒルズ青春白書』のケリーたちが住むフラットだ(狭い話)。

オレの面倒を見る羽目になったのは、サミュエルズさんご一家。
お母さんのヴィッキーと、息子のグラントの二人。

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ボンダイビーチ。マックのボンダイブルーって、この海のことなんだろか?


ヴィッキーはケーキ屋さんで働いており、朝は4時くらいになると家を出る働き者。
グラントは、オレの1コ下。
サーフィンの大会でいくつものトロフィーをゲットしたサーファー。確か、フリーターとして働いてたはずだ。
それと、未だに謎なのだが、ローズというおばさん。普段はリビングに寝泊りしてて、最初はこの人がお母さんだと思っていた。
どこかの厨房で働いていたようだが、家族構成などはよく分からない。

多分、オレがもっと英語を知っていれば詳しいことも分かったのだろうが…

英語といえば、オーストラリアの英語はガイドブックにもあるように「エイ」という発音を「アイ」という。
トゥデイがトゥダイになるのは、笑い話にもあるが、プレイス(場所)をプライス(値段)のように言われると、話が見えなくなってくる。
ホントはRとLの区別があるのだろうが、日本人に聞き分けは難しい。

特にヴィッキー母さんは訛りが強く、何度か聞き取れても意味が分からないことがあった。でも、ヴィッキーやグラントはオレが「んー?」って不思議そうな顔をしているとキチンと説明してくれたし、オレが変な言い回しで喋っていると指摘してくれていた。
そのおかげで英語が上達したんだと思う。

後から聞いたら、ホームステイってのは結構当たり外れがあるらしい。
家事や子供の面倒を押し付けられる、飯がまずい、シャワーの時間を制限される…etc。そこらへんは、受け入れる側の心ひとつなんだろうな。

語学学校から金が入って、留学生を受け入れるのはいい副収入としか思ってなくて、金額以上のことはタッチしない家族なのか、あわよくばメイド代わりにしてやろうと考えているのか、知らない国の人間と喋るのが好きな人間なのか、いろいろな国の若者の手助けになりたいと考えているような家族なのか。
 
オレにとってこの家は『当たり』だった。
どこにいてもタバコがガンガン吸えるし、酒もOK。
ホレ、外国ってタバコに関してうるさいでしょ。公共の場所なんて、ほとんどが禁煙で。この一家はタバコはガンガン。酒もガンガン。
他のこともガンガン…って、こいつは書けないネタ(笑)。今、イヤらしいこと想像したヤツ、まだまだ甘いな。

戸締りさえすりゃ、何時に帰ってこようが自由という夢のような毎日だった。
おまけに、ヴィッキーもグラントも本当に優しくて素晴らしい家族だった。
ある日、ヴィッキーが「今日はマグロを買ってきた」と言った。オレが日本の味に飢えているのではと心配していたのだ。気遣いはものすごくありがたかったが、オレとしてはヴィッキーが作ってくれる料理に不満はなかった。それに、日本食が食べたいときはいつでもレストランに行けたし、学校から中華街が近かったので米や麺類には不自由してなかったのだ。

で、夕食時になって、ヴィッキーがマグロを出してくれた。出してくれたのはよかったのだが、何とそれはどでかいブロックのまんま。
「どう切ったらいいか、分からないからこのまま持ってきちゃった」とヴィッキーが笑い、グラントは「そんなのどうやって食うんだよ」と首を振っている。

でも、オレは何だかすんげぇ嬉しくって、不覚にも泣けてきそうになった。気取らない優しさっていうのか、人をもてなすっていうのは、こーいうことなんだろう。

いつだったか「最初はどうなるか不安だったけど、ホームステイはいいもんだ」と言ったオレに、ヴィッキーは「ノーノー」と首を振った。
「あなたもこの国で暮らしたなら、この国の言葉で言いなさい」
そう。オレはホームステイしたのではなく、ホームスタイしたのだ。


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グラントとヴィッキー。今はボンダイのアパートを引き払い、ノースボンダイのマンションに住んでいる。

ロシア製 榎本加奈子。その名はインガ 

オレが通っていた語学学校は、ガイドブックや留学情報誌なんかに登場するメジャー系の学校だった。
日本を出る前に各校の資料を取り寄せたが、他と比べても特に「あやしい」と感じることはなかった。

小市民のオレとしては、どうしても『日本人相手の商売=だまされる』というイメージが強い。中にはそういうケースもあるだろうが、みんなでそんなことをやっていたら、業界自体がダメになる。

あれこれ考えても仕方ないので、オレはこの学校を選んだ。
というのも、パンフレットには「タウンホール駅から何分」てな具合に書いてあり、読んでいる人間としては「街のど真ん中」に立っていると思う。
シドニーに住むオージーも、そう思うに違いない。
ところが、こいつがクセものだった。

確かに、住所は街の中心部。ど真ん中。しかし、ビルは汚ねぇ雑居ビルで、とてもじゃないが留学生が勉強するような場所ではない。
ていうか、学生の姿なんてどこにもありゃしない。

今日から入校するという他の連中も
「おいおい、どうなってんだよ」
「え?あたしたち、ここで勉強するのかしら」
と不安気な表情だ。
オレはというと、壁にでかいボードが貼り付けてあって「DR650、3000ドル」てな個人売買の張り紙に目を奪われていた。

しばらくしたら、事務員風のおじさんとバイトの兄ちゃんがやってきて、「今から校舎に行きます」と抜かしやがった。どうやら、校舎はここにはないらしい。
シドニーの街中を南北に走るジョージストリートを南に下りてゆく。

歩くこと10分少々、中華街に建つ近代的なビルが校舎らしい。
が、所詮こいつも雑居ビル。まあそいつはどうでもいい。
部屋に集められたオレたちは、クラス分けのためのテストをやらされた。
 
テストなんて何年ぶりだろう。
最後のテスト…確か就職試験の時にやったのが最後だ。んで、オレはとりあえず、中の上くらいのクラスに落ち着いた。
まぁテストっていってもマークシートだから、あてにならない。
本当なら、一番下のクラスで基礎だけやって欲しかったのだが…

ところで、入校する前まで意識しなかったのだが、学校の生徒は日本人だけではない。韓国、インドネシアなど他の国からもたくさん生徒がきている。
その中で、ひときわ目立つ女の子がいた。

流れるような金髪、小さくて透き通るよう白い肌の顔、スラっと伸びた細長い脚……
ハッキリ言えば、そのまんま映画のスクリーンから出てきたような白人の女の子だ。
「ううむ。170センチはあるな、ありゃ。しかも脚もあんなに長い」

自分の脚と比べて、オレは思わず気を失いそうになった。
うすうす短いとは気がついていたが(いや、それでも一応、裾切らないでジーンズ履けるぞ)、こんなに差があるなんて……

いや、オレの脚の長さなんかどうでもいい。
それより、一体あの子は誰なんだ?白人の女の子が、なにゆえ英語学校の生徒として学んでいるのか。
いやいや、白人といえどもドイツ人はドイツ語しか喋れないはずだし、イタリア人だって、フィンランド人だって同じだ。

でも、オレらが学校で英語を習うくらいだから、向こうの連中は学校の授業だけで何とかなるんじゃないのか?
もう謎は深まるばかり。
興味は増大するばかり。

「なぜ?」と思ったら、即行動に移るのがオレの性格だ。
迅速さと持ち前の図々しさで情報収集を開始。
高校の進路相談の時、将来目指す職業の欄に「探偵」と書いたのは伊達ではない。
次の日には彼女の名前、年齢、出身国などの情報を入手した。
 
彼女の名前はインガ。
苗字はサドフスカヤというらしいが、発音の方は自信がない。
名前は因果応報のインガと覚えておいた。

名前から分かるように、ロシア出身。
ほんで、年齢が…年齢は何と17歳!!つまり女子高生だ。
そう。インガはロシアン・コギャルだったのだ。

一体どんな女の子なのだろう。ロシアから留学するくらいだから、相当のお金持ちに違いない。清楚で奥ゆかしくて「ごきげんよう」なんてセリフが似合うようなコじゃなかろうか。
ハッキリ言って想像の域を越え、すでに妄想だ。

しかし、オレの妄想が打ち砕かれるのに、さほど時間はかからなかった。
ある日、ボケーっとタバコを吸っていたら、インガが友達らしき連中とツカツカと歩み寄ってきて「火、貸してくれない?」とのたもうた。
「はいはいどうぞ」
「ありがと」
 たいしてありがたくなさそうにオレの手からライターを取り上げると、インガはバッグからBENSON&HEDGEを取り出した。

慣れた手つきで火をつけ、うまそうに煙を吐く。彼女は口からだけではなく、豪快に鼻からも煙を吐いた。まるで場末のスナックのチーママだ。
そう。インガは名実ともにコギャルだったのだ。

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見よ、この勝ち気な表情。かたやお茶をおごらされてトホホのオレ。

それからというもの、彼女の行動にオレはノックアウトを食らい続けることになる。
まずは暴言の数々。
「あんたバカぁ?」
「もう、気持ち悪いわねえ」
などの罵詈雑言を浴びせられた男たちは少なくない。
ちなみに、オレはポジション的には「いいお兄さん」だったので、それほど被害はなかった。
 
彼女の天真爛漫な生き方は、やはり家庭環境にあるようだ。
経済状況の悪いロシアからきているだけあって、やっぱしお金持ち。
しかも、一人娘なのだ。

「なあ、一人っ子ってさ、寂しいんじゃないの?」
「どうして?両親の愛情も何もかもアタシひとりのものなのよ?」
…ご立派である。
 
限りなく勝ち気で、30センチくらいプライドが高いけど、やっぱし17歳の女の子。ロシアに残してきたボーイフレンドのコトを思い出して涙ぐむあたりはかわいらしい。
しかし、その憂さ晴らしに呑みに付き合わされた方はたまったもんじゃない。
ビール、ワインボトル3本、ブランデー…さすがはロシア人。ウオツカで鍛えた身体は伊達じゃない。17歳にしてこの酒の強さ。末恐ろしい。
 
彼女は3月くらいに半年の豪州生活を終えて帰国した。
帰国前日、ダーリングハーバーの近くのバーに呼び出されたオレは、「素敵な思い出をありがとう」とナイスバディにハグされて、おまけにチュっとされた。
普段会っている時は「こんのワガママ娘があ!!」とブチ切れそうにもなったが、この時ばかりはインガも神妙な面持ちだった。
彼女のそういう表情を見れたことが、オレの中では豪州生活の素晴らしい思い出のひとつとなっている(笑)。 

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普段は大人顔負けの勢いなのに、ちょっとした隙に見せる表情は、まだまだコドモである。


後日談
当たり前だが、その後、インガとはそれっきり。
住所をもらって手紙を出した気もするけど、返事もなかった。

が、十数年後、SNSで再会。
何と彼女はオーストラリアに舞い戻り、なんだか知らんけど、あちこちの国々を旅行したりとセレブな生活を満喫している。
いまでも誕生日にはお祝いメッセージを送り合ったり「ホレ、懐かしいだろ」と当時の写真を送りつけてやっている。

20数年経って、いい大人になったけど、インガはインガ。
いまなお、ピカピカに輝いておられます(笑)。