ブログ版 空冷Zとの戦い

Kawasaki Z1Rに関するブログ?

Archives オーストラリア滞在記(1996-1997) 7

 踊る大走査線(前編)

1996年12月半ば。
オレが語学学校を卒業した頃、学校で はとある事件が話題となっていた。

日本人の留学生を狙った暴行・恐喝などの犯罪が相次いでいるという。
オンナのコが無理矢理車に乗せられそうになったとか、取り囲まれて金を出せと言われたとか、とにかく物騒な話である。

オレと同じ日に入学し、よく一緒につるんでいたKという男も被害者のひとりだった。Kはやせてはいるが背が高く、自称スポーツ万能。
おまけに空手をたしなんでいたというだけあって鼻っ柱も強く、やられっぱなしでいるとは信じられなかった。

聞けば、相手は中国系のグループで、ちょっとでも反抗しようものなら
「オレたちの後ろには中国マフィアがついている」と脅しにかかるらしい。
どの国にもバックをちらつかせてデカい態度をとるヤツらがいるものだ。

「そんなの関係ねーじゃん。こっちも〇〇組が控えてるぞって言い返してやれよ」
オーストラリアにも日本のメジャーな暴力団が勢力を伸ばしていることは、意外に知られていない。とはいえ、日本人留学生がそんなことを口にしても説得力はないだろう。
 

相手は中華街で育った悪ガキだ。
そんなハッタリは簡単に見抜かれてしまう。

どのみち、ガキの「おイタ」と踏んでいたオレは
「相手もおもしろ半分にやってるだけだ。ヘタに騒ぎを大きくして学生ビザを取り消されてみろ。志半ばで日本に帰ることになって、もう一回来たくても入国を拒否されちまうぞ」
と忠告した。
 
ところが、それがシャレにならないところまで発展する。
16、7歳の学生が、彼女だか友達だかとにかく女のコを連れて歩いていたら、中国人グループに掴まり3000ドルも奪われたという。

当時、円安だったので3000ドルといったら、30万円弱である。
深刻そうな表情のKをよそに、オレは「3000ドルもあればオイルクーラー、新品のタイヤ、マフラー、ダイネーゼのプロテクター、余った金でラブゾーンにも行けるなあ(豪州ネタ)」と不謹慎な思いを巡らせていた。


そもそも、何で3000ドルなどという大金を持ち歩いていたのか。
「相手がァ、ナイフ持っててェ、そんでATMまで連れて行かれてェ、有り金下ろせって言われたんだって。そんでェ、最後に「良いクリスマスを」って言い残してったんだって」
情報を持ってきたKは、自分のことのように悔しがっていた。
Kの言葉にオレは呆れて果てた。そんなもの、カードを差し出し、そいつらの目の前でポキっと折ってやればいいのだ。
まあオンナのコも一緒だったから、あまり高飛車な態度に出れなかったのかもしれない。

それにしても、アホ過ぎる。
シドニーが安全だからといって、夜にオンナ連れでウロウロするのはアホである。
しかも、現場は中華街が近いところ。
夜中になると日本の暴走族よろしく爆音を轟かせて改造車が横行する。
留学生として滞在していれば、それくらい知っていてもおかしくない。

Kは「オレだったら、まずひとりやっつけてェ…」とか言っているが、後ろから殴られた挙句、退散した口である。
それを突っ込むと「あんときはぁ、前の日プール行って筋肉痛だったしぃ。今度来たら負けねえって」と強がるが、前回の結果がアレだけにあてにならない。

実際のストリートファイトで勝負を決めるのは武術の心得よりも、度胸である。
相手が「キエー!」とか素手で身構えても、そこら辺の棒切れで容赦なく引っぱたくことが出来た方が勝ちだ。

 

そういうことを、ごく自然に迷いなくできるメンタルを持ってないなら、さっさとケツ巻いて逃げるか、大声で助けを呼ぶに限る。

殴り合うだけ損な話だ。

「それじゃ、面子が立たない」と反論するヤツもいる。
だが、そんなものにこだわって、お互いケガをして血を流しても全くの無意味。
高い授業料を払ったと思って諦めるべきだ。

Kはオレの意見に不満そうだった。
「これからもーこんなんじゃー日本人からはいくらでも金が取れると思われてーますますエスカレートすんじゃねぇの?」

かもしれない。
だとしても、事件を解決するのはオレたちの役目ではない。
カッコつけて騒ぎを起こせば、オレたちも犯罪者になりかねない。
「アジア人同士の争い」として片付けられてしまう。
警察に任せておくのが一番だ。

「○○もー財布とられて、そんなかに学生証か何か入ってて、住所がバレるから怖いって言ってたしぃ…」
Kの言葉にオレはマグカップを持った手を止めた。

○○ちゃんと言えば、オレの記憶が確かならば、英語学校のなかでも、結構カワイイ女の子じゃないか。
瞬間、オレの脳味噌の奥から「Ero.exe」という名の実行ファイルがダウンロードされ、プログラムが起動した。

もし、オレが犯人を見つけ出し、成敗すれば…
「タケダさん、すごーい」
「ムハハハ。これくらいPPPKだよ(当時バーチャ・バカ)」
「でも、まだちょっと不安だな…仕返しとかきたら怖いなあ」
「大丈夫、オレがそばにいるさ」

こうなったら誰にも止められない。
「しゃあねえなあ」
オレはマグカップをタン!とテーブルに置いた。
「いっちょオレがシメてやるか」
はっきり言って、オレの方がよっぽどタチが悪いような気もするが、そんな思惑に気づく者はいなかった。

翌日から早速捜査が始まった。
仕事もないのに張り切って早起きし、シティのど真ん中をマシンでうろつく。
犯行現場は人通りが多いジョージ・ストリート。

シドニーに住んだことのある人間なら意外に思うかもしれない。
ジョージ・ストリートといえば、シドニーのど真ん中を南北に貫くメインストリート。

「こんなところで本当に犯罪が起きるのだろうか」と首を傾げたくなる気もするが、中華街に近い辺りはゲーセンや映画館などがあったりして、日本でいうヤンキーっぽい連中がウロウロしている。

オレの作戦はこうだ。
危なそうなヤツらがたまってそうな場所で、ブラつく。
しつこいくらい独りで歩いていれば、イヤでもそいつらの目に付く。
そこに犯人グループがいれば「お、またカモがきたぞ」と誘い出せるかもしれない。

そんで「金を出せ」とか言ってきたら、こっちのもの。
あとは、適当に締め上げてやればいい。そいつらが犯人じゃなくても、何か情報が得られるかもしれない。

スプライトを片手に練り歩くこと数時間。
全然気配なし。タバコとジュースだけがいたずらに消費される。
「まあ、初日はこんなもんだろう。夜にでももう一回来てみるか」

ところが、全然成果なし。
こんなことを2日、3日と繰り返しているうちに、貴重なタバコが激減した。
さすがに馬鹿馬鹿しくなってきたので、学校帰りのKをつかまえ、捜査の打ち切りを告げた。
Kはまだ悔しそうだった。

「まープール(ビリヤード)でもしてさ、スカッとすんべよ」
「ああ、そうだな…あ!」
おもむろにKが足を止めた。

「いた!アイツらだ。あそこのゲーセンの前で座っているヤツ」
Kの指す方向に中国系の若いあんちゃん2人が座っていた。
タチの悪そうなヤツらだが、オレからしたらまだガキである。
「まず、知らん振りして通り過ぎよう」
ヤツらは会話に夢中で、オレたちに気づいた様子はなかった。

「どうする?裏に連れてってボコボコにぶん殴るか?それとも警察に突き出すか?どっちを選ぶかでだいぶ変わってくるぞ」


ぶん殴れば気分はスッキリするかもしれないが、お礼参りが待っているかもしれない。最悪、どこへでもトンズラできるオレとは違い、学生の連中はこれからもトラブルに巻き込まれる可能性が強い。
警察に通報すれば感情的に納得いかない面もあるだろうが、イモヅル式に犯人を検挙し、もしかすると奪われた3000ドルも何とかなるかもしれない。

しばし考えたKは「警察に行こう」と呟いた。
「よし、じゃあお前はタウンホールの交番に行ってこい。その間、オレが連中を見張っておくから」
頷いたKは、警察に向かって走り出した。
オレは反対方向を向くと、連中の方に向き直り、ゆっくりと歩き始めた。