ブログ版 空冷Zとの戦い

Kawasaki Z1Rに関するブログ?

謹賀新年

「3月で早期退職するから」

まるで、この後、コンビニで買い物をするような、何気ない言い方だった。
旧友の一言に、新年会に居合わせた全員が、どう反応してよいか分からない顔をしていた。

彼と我々は学校は違ったが共通の友人を介し、25年もの付き合いになる。
高校を卒業後、日本国民なら、あるいは地球上に住む人間の多くがその名を知る大手企業に就職。
バリバリのエリート、というイメージはなかったが、堅物でもなく、適度なユーモアを持ち合わせながら、公私ともに多くの人と波風を立てることなく過ごし、30代後半で結婚、マイホームも建てて、一寸先は闇、という生き方ばかりしてきた人間にとっては、羨ましくもある生き方だった。

聞けば、折からの不景気で、彼が所属するポジションは全社的にも業界的にも苦しい状況で、東日本大震災による損壊が致命的だったようだ。
大きな組織で、しかも彼は関連会社ではなく、れっきとした本体の正社員である。
どこへでも転属できるのではないかと思いきや、業界そのものが苦しいこともあり、受け皿は決して大きくないらしい。
他県へ転勤すれば道は開けるのだが、マイホームを建てたばかりの彼には、よそへ行くという選択肢はないのだろう。

自分が同じ立場だったら、他の地域に移るより、海外拠点のポストにつけるよう画策するだろう。
国内で「落人」のような日々を送るよりも、新天地で責任あるポジションで働く方が、得るものは大きいはずだ。
現地でも、業歴20年以上の経験豊富な人間を欲しいだろうから、人脈の作り方、働き方次第では、ギャラも倍増するかもしれない。
定期的なベースアップ、終身雇用体制が崩壊したこの日本で生き残るなら、いや、自ら勝負を挑み、さらに勝ちを求めていくならば、国境を気にしてはいられない。
湾内で糸を垂らしても釣れないなら、船を出して網をかけるのと同じで、数千キロ先に獲物がいることが分かっているなら、そこに行けばいい。
空気の成分、食糧の組成も、ここと変わりはないのだから。

とはいえ…とはいえ、だ。

みんなが同じような道を選べないだろうし、みんながピッチャーもしくはDHをやると聞かなかったら、チームは勝負できない。
日本というチームにも、海外で外貨を勝ち取る人間も必要だし、我らが故郷に根を張り、その土地を守り育てていく人間も必要だ。
決まった時間に起きて、決まった仕事を計画通りにこなし、労働対価で飯を食い、当り前に生きる。
なかには、バカの一つ覚えのように「海外に出なければダメだ」「外に目を向けろ」と脅迫じみたことを言うコンサルタントまがいの連中もいて、世界を股にかけ、派手でスケールのでかい仕事をしているようにも見えるが、病気になった時だけ国保に加入して日本の病院で治療して、結局は多くの人々が納入している保険によって難を逃れる、みみっちい人間も多いのである。
そんな「都合のいい時だけ日本人」なんかよりも、日本で当り前に生きる人々の方が、どれだけ価値があることか。

だが、我々が住む被災地では、当り前の生活に戻れない人々がまだまだ沢山いる。
会社や店舗、工場を再建できて、見た目は以前と変わらぬ活気を取り戻したように見えても、仕切り直すために、どれだけの資金が必要だったか。

「工場は再開したけど、うちの商品がなくて誰が困った?スーパーはすぐにほかの会社の品物を入れた。工場が動いても、買ってくれる先がなければ意味がない」
「売上はそこそこ戻ったけど、買い直した機械や設備の支払いが終わるまで、気が気じゃない」
助成金交付手続きが煩雑で複雑すぎる。必ずしも助成が受けられるわけじゃないし、手を停めた分、売上が落ちた。何のための助成金なのか」

被災地の会社を訪ね歩くと、まだまだ、そんな声ばかりだ。



のっけから暗い話で申し訳ありませんが、今年もよろしくお願いします。